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第15回健康医療開発機構シンポジウム 報告

「新型コロナ感染症からの學び」

【概要】
第15回健康医療開発機構シンポジウム『新型コロナ感染症からの學び』が2022年3月11日に開催されました。
折しも開催日は、東日本大震災から満11年となる日となり、また直近ではウクライナではロシアによる侵攻がはじまりました。このように、パンデミックのみならず、自然災害、テロや戦争等によって、わが国の医療ニーズが今後急激に変わることは、より現実的な問題として検討しておく必要があります。
こうした中、演者らには、これまで2年間余に亘る新型コロナ感染症対策で得られた学びを活かして、日本の社会や医療制度は「次なる災害」に備えてどのような準備をしていくべきか、幅広い視野からご議論いただきました。


第1部(基調講演)では、①これまでの新型コロナ対策から見えてきた医療政策面での課題、②社会環境の変化に伴う、新しい医学・医療のあり方、といった視点から、3人の演者にお話いただきました。また、第2部(パネル・ディスカッション)では、「コロナからの學びを科学の視点から未来に活かす具体的方策」と題して、視聴者からの質問等も踏まえながら、さまざまな角度から意見交換をしました。


第1部・第2部全体を通じて、(1)個別対応としては、①CDC(疾病予防管理センター)のような一元的な司令塔を創設することや、②総合医を積極的に養成することが、有事に際しての医療の対応力を引き上げる上で鍵になる、といった意見が多く聞かれました。
また、(2)より抜本的な対応としては、①国民のヘルス・リテラシーを引き上げ、一人ひとりが自分の健康管理、そして公衆衛生にもっと関心を持つ世の中にすること、そして、②何よりも、医療従事者が、社会課題に対して当事者意識を強くもつことが重要である、といった意見が出されました。
当シンポジウムは、昨年同様オンラインで開催しましたが、時宜を得たテーマであったこともあり、今回は155名もの大勢の方々に熱心に視聴していただき、好評を博しました。

東京都医師会 会長 尾﨑治夫.jpg

【第1部:基調講演】(以下、敬称略)
【講演1】「コロナとの闘いを振り返って」【講演資料はこちら
 尾﨑治夫(公益社団法人 東京都医師会長)


《講演要旨》
・これまで2年余の新型コロナ禍に対する政策対応を振り返ってみると、第1波から第6波まで、医療界では局面ごとに異なる課題に対処することを余儀なくされた。
・前半では、①PCR検査体制整備の不備、②「緊急事態宣言」の発出(飲食店への休業要請等)の遅れ、③Go Toトラベルやオリンピック・パラリンピック開催等もあり、感染防止策は中途半端なかたちで進めざるを得なかった。
・一方、後半では、ワクチン接種、地域包括ケアにも類似した自宅療養の支援体制、感染者の健康状態を早期に把握できるシステムの導入等、徐々に体制を整えてはきたが、新たな変異株の出現によって医療逼迫リスクが再び高まる状況となった。
・このように今般の有事対応で、医療面で困難を強いられた要因を整理すると、①そもそも医療体制が平時でも余力がなく、また、②有事の感染症対策を進める国の体制が整っていないことがある。そして、③検査・ワクチン戦略・経口治療薬の開発といった分野において、政府側で一貫した継続性のある対策がいまだに取られてきていないため、医療現場では戦う武器が十分に与えられていない。政府には、常に前を向いた戦略をたてながら、パンデミックに対処していくことを望む。
・次のパンデミックや災害に備えては、普段は空床にしておく1,000床規模の感染症や災害対応の専門病院をつくっておくべきである。

門田守人.jpg

【講演2】「コロナ禍で学ぶ医療のあり方」【講演資料はこちら
 門田守人(一般社団法人日本医学会連合会長、日本医学会会長)


《講演要旨》
・医学・医療の歴史を振り返ってみると、病原体等が十分わかっていなかった時代には、医療は「患者」「人」を対象とするものであったのが、徐々に「病気」さらには「ゲノム」を対象として治療することに変わり、ある意味で、科学至上主義となって、専門分野に分化し、社会が分断化する時代になってしまった。こうしたことから、医療界は、社会(公衆、population)を全体としてどう考えるべきか、といった発想をすることを苦手としてきている。そうした中にあって、米国などでは、公衆衛生学が整えられてきてはいる。
・医療・医学は、「治らない病気を治す」ための研究に力が入りがちである。しかし、死亡率を減らすためには、例えば、がんなどをみても明らかなように、早期発見にまさるものはない。つまり、これまでの医学は「病気の原因をみる」ことばかりに目がいって、「公衆としてみる」「社会全体として健康状態を良くしていく」という発想が弱かったといえる。高齢化・人口減少が急速に進んでおり、社会環境が大きく変わっている中にあっては、これからの医療は、若年・壮年層の特定の疾患を一つひとつ治していくという「従来型の医療需要」から、高齢者をいかにケアしていくかという「新たな医療需要」に対処していくことが強く求められている。また、医療費についてみても、財政収支がどんどん悪化している。今の医療のあり方が果たして持続可能なものなのか、真剣に考える必要がある。
・「虫の目」「鳥の目」といった言い方があるが、医療政策にあっても、全体をとらえる「鳥の目」、そして全体の流れを掴む「魚の目」を持つことが強く求められている。パンデミック対応一つをとっても、日本版のCDC(疾病予防管理センター)の設立については、東日本大震災の経験を踏まえ、10年前から提言をしてきているが、結局、今なお実現の機運が盛り上がっていない。
・明治時代に、近代日本の科学振興のために来日し、長らく教鞭をとったベルツ医師は、「今の日本は科学の成果のみをとろうとして、その成果をもたらした精神を学ぼうとしない」「科学の樹を育てようとしない」と述べているが、日本は今でも同じ課題を抱えているといえる。

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【講演3】「With Corona & Beyond:未来の世界と医療」【講演資料はこちら
 町 淳二(ハワイ大学医学部外科、医療医学オフィス 教授)


《講演要旨》
・未来というものは、予見が全く不可能というわけではなく、過去から現在への変化をみていく中で、ある程度予測することはできる。
・40数年前には、超音波診断装置、CTも電子メールもなかった中で、医療を行うには患者とのコミュニケーションがもっとも重要であったことから、医療はArtの要素が強かった。一方、現在は、医師が遠隔でロボット手術なども行えるようになるなど、ICT・AIを含む科学技術が著しく発展し、Science偏重の時代となったといえる。近未来の医療では、医師ではなくロボット自身が手術をするなど、テクノロジーがさらに発達し、AIが多くの技術的な部分を代替することとなる中で、再びArtの重要性が高まるであろう。
・世界全体や地球規模の問題に目を転じてみると、昨今の危機は、数年ごとに大きなものが起こるなど、発生頻度が著しく高まっている。また、人類が自然破壊を進めた結果、パンデミックが発生しているなど、「自然災害という名前の人的災害」が地球規模で急増していることにも留意すべきである。SDGsの17のゴールの中には、「すべての人に健康と福祉を」という健康・医療関係のゴールも含まれているが、世界の問題はあらゆる分野が相互に関係している。したがって、医療関係者は、エネルギーや自然保護など、他の分野の専門家と協力して対処していくことが重要である。
・わが国における新型コロナ対策の問題点を整理してみると、①感染症界において、基礎医学(微生物研究)、臨床、公衆衛生の3分野がバランスよく発展・協力していないこと、②臨床・防疫の面では、CDC(疾病予防管理センター)が存在していないこと、③政治家が専門家の知見を活かせていないこと、が挙げられる。
・これから感染症対策・医療を効果的に進めていくためには、医療体制面では、①現場で専門病院とクリニックとが効果的に連携すること、②救急救命科(CCM)や感染症(ID)専門家よりも、ジェネラリストである総合内科医(GIM)を積極的に養成することが重要となる。このほか、国民への積極的な啓発・教育が必要で、SDGsという観点でも、一人ひとりの出来ることが沢山あるということを、広く知ってもらうことが鍵である。

【第2部:パネル・ディスカッション】
「コロナからの學びを科学の視点から未来に活かす具体的方策」


パネリスト:第1部の演者3名
ファシリテーター:上田龍三(愛知医科大学腫瘍免疫寄付講座 教授、健康医療開発機構 理事)、竹本 治 (ソーシャル・コモンズ 代表)


《意見交換の概要》【議論のための論点整理資料はこちら


(1)個別具体的な医療政策・医療制度の提言


①日本版CDC(疾病予防管理センター)の設立
・米国のCDCは、医療従事者・国民から高く信頼されている。もっとも、今次のパンデミックでは、エビデンスを集める時間が十分にない中、途中で見解を変えざるを得なくなるなど、相当苦労はしている。なお、疾病対策について一定の見解を国民に示していくスタイルは、個人主義の強い米国社会よりも、むしろ日本で受け入れられやすいと考えられる(町)。
・日本でも、パンデミックやがん疾病等について、正しいデータや科学的根拠に基づいた情報を一元的に発信していく体制を作ることが必要。CDC設立に向けての議論は水面下では進んでいるが、縦割りを克服し、色々な専門家が有機的に結びつきながら、対策をとれるようにしていくべき(門田、尾崎)。
・今般の感染症対策では、「〇〇病院ではベッドを何床増やせ」といった個別の指示ばかりが、行き当たりばったりに繰り返された。有事には、全体最適の実現のために各医療機関がどのような機能を果たすべきかという「システマティックな発想」を持って、司令塔が一元的に指揮する体制にしていくべき(門田)。


②総合医の積極的な養成
・有事等において、医療現場が新たな医療ニーズに柔軟に対応できるためには、専門医ではなくて、総合医の積極的な養成が必要(尾崎)。一般国民は、専門医に診てもらうことを志向しがちであるが、総合医の意義や重要性をもっと啓発すべき(町)。
・日本でも、総合診療の必要性は認識し、総合医の育成に向けた試みはされてきた。しかし結局、人材育成には成功していない。初期研修なども、大学病院で行うようにしてしまったために、真の総合診療を社会に定着させられていない。ここでも、「体裁だけは整えるが、本質を解決させる対応をしない」という日本社会の弱さが出ている(門田)。
・臨床医一人で休みなく対応することは出来ないのだから、英国のように医師がチームを組んで総合診療を分担していく制度を作っていくことが必要(尾崎)。米国の医療システムには問題は多々あるが、かかりつけ医が必ずいて、しかもチームで対処している点、そして救急医療がきちんと機能する制度にしている点は優れている(町)。
・コロナを診療できるクリニックや病床を増やすべきである。そして、自分の診療所ではコロナ患者を診たくない、という医師も確かにいた。しかし、仮にコロナ患者を診たくても、開業医全員が対応できるわけではない事情はあるにはある。例えば、ビルの中に狭い診療所を開設している場合等には、一般の患者と導線を分離したり、診療時間帯を分けたりすることは現実にはかなり難しい(尾崎)。
・コロナ病床を専門病院で手当てさせようとして、専門病院が、本来の機能(がん検診・治療等)が果たせなくなるようなことは避けないといけない(上田)。


③ICT化の推進
・日本においては、ICT化を進める際に、別々のデータ・セットを持つシステムを乱立させてしまうなど、システムを連携させていくという発想が全く欠けている。このため、医療現場では、仕事が効率的になるどころか、ICT化で入力作業等の負荷が増えるなど、逆効果になっている(尾崎)。アプリケーション・レベルではベンダー間の競争があってよいが、ベースとなるデータについては共通したシステム基盤を構築することが重要(上田)。
・東京都では、そうした問題を解決すべく、ベンダーが異なっても、データ共有できるような「総合医療ネットワーク」を構築してきている。既に、数十もの病院が参加しており、これを活用して、パーソナル・ヘルス・レコード(PHR)を整備していく予定(尾崎)。
・今般の新型コロナ対応では、普段元気な若い人がかかりつけ医を持っていない点が課題となった。ICT化を効果的に進め、生まれたときから死ぬまでのPHRを網羅する体制を構築し、地元の診療所が、検診など予防医療の分野も含めて、住民の健康・医療について広い役割を果たすようにしていくべき。こうすることで、国民一人ひとりが、医療に関わっているという意識が生まれる(尾崎)。


④1,000床規模の感染症や災害対応の専門病院の設立
・東京都には、有事に備えた専門病院を作っていくことを現在提言している。感染症対策の要員を養成するための研修の場等にすることで、平時にもこれを十分有効活用できる(尾崎)。東日本大震災のあとにも、病院船を作る構想が持ち上がったが、結局実現しなかった経緯がある(上田)。


(2)より抜本的に対処していくべき課題


①国民のヘルス・リテラシー
・大多数の国民は、医療制度についての関心は普段非常に低く、このために政治家も真剣に対応しようとしない、という図式となっている。したがって、政府に働きかけるのも非常に重要であるが、受益者である国民が一体なにを必要としているのか、きちんと議論していくことが重要(渡辺賢治・当機構理事)。新型コロナは、それを考える良い機会となっている(上田)。
・日本では医療費が安く、救急車をタクシー替わりに使うなど、コスト意識が低い。医療費の非常に高い米国ではこうしたことはない。自分の健康は自分で守るという意識をもっと持つように、国民を啓発していくべき(町)。
・国民一人ひとりが、ヘルス・リテラシーを持ち、健康・医療関連の情報をきちんと解釈できる社会基盤を作っていくことが重要(尾崎)。個々人が、自分のPHRが自分自身の健康ばかりでなく、国全体の医療にも役立つという意識を持つことで、健康に対しての関心がもっと生まれる(上田)。


②医療従事者の職業意識
・東日本大震災では、コンビニ業界が一丸となって「生活の最前線を守る」ため、率先して動いた。今回のパンデミックをみると、命がけで対応した医療従事者も大勢いたとはいえ、本来、率先して動くべき立場にあったはずの医療界が、バラバラであったという印象が強い(竹本)。
・次なる災害が起こり、新たな医療ニーズが出てきたときに備えて、国全体で「柔軟な対応」ができるようにして準備しておくことが非常に重要である。それを実現するためには、法制度的な整備、トップダウン、経済インセンティブの付与といったことも重要である。しかし、何よりも大切なのは、医療従事者一人ひとりの職業意識である。医療関係者が、社会の問題を自分自身の問題としてとらえ、自発的に動くようにしてほしい(竹本)。
・医療従事者は、保険料や税金をベースとした制度の中で医療を行っている準公務員的な存在であることを強く意識していくべきである。都医師会では、自診療所が発熱外来を行っていることをHP上で公表するように関係者にずっと要請してきたが、ようやく最近になって、全部の診療所が公表することに同意した。こうした「医療従事者が協力して対処していく」という機運をこれからも活かしていくべき(尾崎)。


③縦割り意識
・縦割り意識を打破し、色々な専門家が繋がって対処していく必要がある(町)。色々な課題に気づいたら、そのままにしておくのではなく、疑問を声に出し、具体的に行動して変えていくことが重要(門田)。
・自然破壊が進んでいる中で、大災害は毎年のように起きるようになっている。これからの医療体制の整備は、SDGs的な視点をもって地球環境を守ることと一緒に進めていくべき(尾崎)。
・未来の医療をどうしていくべきかを考えるにあたっては、Cで始まるキーワード――Critical thinking(自分の頭で批判的に考えること)、Creativity(創造性)、Culture(多様性を尊ぶこと)、Care(寄り添うこと)――が沢山あるが、とりわけCollaboration(協働)、Communication(コミュニケーション)という二つの要素が重要となる(町)。

 

以 上

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