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第16回健康医療開発機構シンポジウム 報告

「がん免疫療法の歴史と将来展望~珠玖洋先生を偲んで~」

【概要】

 第16回健康医療開発機構シンポジウム『がん免疫療法の歴史と将来展望~珠玖洋先生を偲んで~』が2023年3月5日及び12日に開催されました。

 2022年9月4日には、理事長の珠玖洋先生が出張先のロシアで急逝されました。珠玖先生は、当機構の設立以来、中心となって機構の活動を牽引されたばかりでなく、研究分野においては、ヒトがん免疫療法の先駆者の一人として活躍され、免疫学の基礎研究の成果を臨床に応用する「トランスレーショナル・リサーチ(TR)」を積極的に展開されてきました。

 そうした業績を踏まえ、当シンポジウムは理事長のメモリアルとすべく、珠玖先生と親交の深かった研究者の方々にお集まりいただき、研究者そして教育者としての先生の偉大なる足跡を辿りながら、がん免疫療法について多角的に考察できるプログラムとしました。

 Part1『がん免疫療法の歩み』(3月5日開催)では、珠玖先生とともに免疫学・がん免疫療法の研究をリードしてこられた研究者の方々を中心に、先生との思い出を交えながらそれぞれの専門領域について語っていただきました。また、Part2『珠玖洋先生と歩んだがん免疫研究の歴史と将来展望』(3月12日開催)では、珠玖先生の門下であった先生方を中心に、研究者・教育者としての珠玖先生の業績や人柄に触れつつ、がん免疫療法の先端研究についてさまざまな角度から紹介いただきました。

 

 また、総合討論では、会場参加者やオンライン視聴者からも質問やコメントを沢山いただきながら、今後の研究のあり方や方向性について議論を深めることができました。

 当シンポジウムは、当機構初の試みとして、リアルの会場で講演等を実施しながら、その模様をオンライン(ZOOM Webinar)でも同時配信する「ハイブリッド形式」で行いました(注)が、両日合わせて延べ250名もの方が来場・視聴し、最後まで熱心に参加してくださいました。

 また、今回の内容については、一般の方向けのシンポジウムとしては、専門性が高いテーマであったこともあり、「やや難しかった」との声も聞かれましたが、全体としては「興味深い内容をわかりやすく話してくれた」と、概ね好評を博しました。

(注)同時配信については入念に準備を重ねましたが、Part1では雑音やマイクの音割れなどの音声トラブルが発生し、オンラインで視聴された方々にご迷惑をおかけしました。一方、Part2では、集音・配信方法を抜本的に見直した結果、スムーズな音声環境で配信することができました。

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【珠玖先生の人となりや研究姿勢】

 珠玖先生の業績や人柄については、上田先生から詳しいご紹介があり、また、その他の演者からも、それぞれの時代を珠玖先生と共に過ごした立場から、生前の逸話が紹介されました。
 「データは嘘をつかない」といった、非常に科学的・実証的・論理的な姿勢、「腫瘍のことをトゥーモア―(tumor)と呼ぶ先生がやって来た」「食べながら研究が続けられるハンバーガーが大好き」といった米国仕込みの逸話、そして「研究者は評論家になってはいけない」「真に高い有効性を示す治療を開発する」「本気で患者さんに届ける」といったように、患者本位に立ってトランスレーショナル・リサーチを進めるべきだという強い信念など、沢山のエピソードが聞かれました。

【免疫細胞の機能や免疫制御の研究の歴史】

 奥村氏からは、免疫細胞の機能や免疫制御の研究の歴史について概説がありました。

 

 免疫では、「免疫細胞」(血液中のリンパ球〈白血球の一部〉)が中心的な役割を果たし、さらにその中にはいくつか種類がありますが、「NK(ナチュラル・キラー)細胞は、平熱のときから働く『警察官』であるが、これは加齢やストレスで弱ったりする」、「一方、T細胞は、がん細胞を攻撃するための『地上軍』で、発熱した際に機能するが、その中にはさらに大砲役(CD8陽性T細胞<抗腫瘍性(キラー)T細胞>)と歩兵役(CD4陽性T細胞<ヘルパーT細胞>)とがいる」といった、分かりやすい譬え話を交えて説明されました。

  

 免疫力があるから、人は健康を保つことが出来ますが、逆に、免疫細胞の持つ「異物と認識する能力」を制御することで臓器移植なども可能となってきています。奥村先生の基礎研究は、移植外科の世界的権威である藤堂省先生(北海道大学名誉教授)との共同研究を通じ、最先端の臓器移植の免疫抑制という画期的な臨床成果にも繋がりました。そうした様々な研究の成果と今後の可能性についての紹介もされました。

【がん細胞の特徴やがん免疫療法の研究】

 がん細胞の特徴やがん免疫療法の研究については、その他の演者からそれぞれの専門分野を活かしながら、下記の通り、様々な切り口からの説明や紹介がありました。

[がん細胞や腫瘍の特徴] 

・一般的に、細胞はそれぞれ特徴的な突起(「抗原」)を持っており、細胞の種類の目印となっている。

 免疫細胞のうち、(1)樹状細胞は、相手の細胞の抗原を取り込み、他の免疫系の細胞に伝える役割を持つ。また、(2)T細胞は、自分の細胞膜上にあるセンサー機能(「T細胞抗原受容体(TCR)」)を活用しながら、その抗原が異物であること(=がん細胞であること)を認識し、これを退治する。

・一方、がん細胞は、免疫細胞側のセンサーから巧みに隠れたり、免疫機能を抑制・妨害したりする能力を持つ(「免疫逃避」)。

・特に、腫瘍は、一定程度の大きさまでになると「免疫逃避力」があがる(「排除相」→「平衡相」→「逃避相」)が、これは、がん細胞は、多種多様に細胞分裂していく結果、腫瘍が様々な遺伝子変異の特性をもった不均一なものになるためである(「腫瘍不均一性」)。特に固形がんはその傾向が強い。

 そうした多様な変異を持つようになった結果、がん細胞が生き延びるのに都合のよいかたちに抗原が変わったり(「免疫選択」)、あるいはがん細胞の抗原がみえなくなったりして、それまでの薬剤等が効きにくくなるという問題がある。

 また、細胞分裂・増殖の過程で「免疫選択」や「免疫逃避」の仕方が多様になっていくため、一口に「○○がん」といっても、個々の患者によってがん組織の中身は相当異なる。

・そして、がん免疫療法の治療効果は、患者の「がん免疫の状態」にも左右されるが、個々の患者におけるがん免疫の状態は、患者自身の遺伝的な免疫体質や、喫煙、腸内細菌叢、常用薬、食事、ストレス、感染歴などの環境因子や生活習慣によっても影響を受けることから、かなり個別性が強い。

[がん免疫療法]

《主な種類等》

・免疫療法は、(1)「免疫細胞の力を引き上げること」を目指すものと、(2)「免疫細胞が本来の力を発揮することをがん細胞が妨害している状況を変えること」を目指すものと、二つに大別される。

・また、単独のがん免疫療法だけでは腫瘍を十分に小さくすることが出来ないとしても、様々な療法(がんワクチン療法、樹状細胞の増強、キラーT細胞の増強、抗体薬物複合体(ADC)の活用、免疫抑制の改善、腸内細菌環境の改善等)を組み合わせた「複合的がん免疫療法」によって、有効な治療が出来る可能性がある。そのための様々な研究が進められている。

《免疫細胞の力をあげる療法の研究<TCR-T、CAR-T等>》

・免疫細胞(キラーT細胞)の力を人工的に上げる主な手段としては、特定のがん細胞の抗原を標的とできるように、TCR等の遺伝子の一部を改変してから、患者の身体に戻す(輸注入)という方法がとられている。
 入れ替える遺伝子の種類や方法によって、「TCR遺伝子改変T細胞(「TCR-T」)輸注療法」と、「キメラ抗原受容体改変T細胞(CAR-T)輸注療法」の2種類に大別される。

・CAR-Tは、白血病といった血液がんには有効であることがわかってきた。ただ、がん細胞側が抗原を隠しながら生き延びるため、CAR-Tによる治療が一度効いたとしても、血液がんでも相当程度は再発する。このため、さらに多様な抗原を効率的に識別できるように、CAR-Tを改良する研究(「FITC認識CAR-T細胞システム」)が続けられている。

・一方、固形癌に対しては、固形癌が「腫瘍不均一性」を持つほか、薬剤が腫瘍局所に届きにくいことから、CAR-Tだけでは腫瘍全体を小さくすることはなかなかできないという課題がある。これらの課題を打破するための治療法(「PRIME CAR-T」)も鋭意進められている。

・また、T細胞の抗原認識力を増強するような化合物(「PQDN」)も開発されている。このPQDNと「免疫チェックポイント阻害薬」とを併用すると、さらに治療効果があがることが分かってきている。あるいは、TCR-TとHANGワクチンとを組み合わせることが、がんの治療効果を倍増させることも分かってきている。

《その他の療法等》

・「免疫細胞(T細胞)が本来の力を発揮することを、がん細胞が妨害している状況を変える」と言う新しい考え方として、様々な分子標的薬(「免疫チェックポイント阻害薬」)が開発されている。これは、「免疫細胞の力を引き上げること」を中心としてきた従来の研究からの発想の転換であった。

・また、抗原を失った腫瘍細胞(=T細胞が認識できない細胞)に対しては、「RSL-3」という別の薬剤を使って細胞死に至らしめる方法が研究されている。そして、TCR-TとRSL-3とを組み合わせることが、がんの治療効果を倍増させることも分かってきている。

・がん細胞と免疫細胞(T細胞)とは、身体の中のグルコースを奪い合う関係にある(「代謝の競合」)。このため、がん細胞が増大して、グルコースを沢山消費するようになると、免疫細胞は本来の機能を発揮できなくなる。

 一方、まだ実験段階ではあるが、薬剤(「抗PD-1抗体」+「メトホルミン」)を投与すると、免疫細胞の代謝が改善し、がん細胞側にグルコースが行き渡らなくなることで、腫瘍が縮小することが確認できている。

・がん患者によってがん細胞の特性(「免疫選択」や「免疫逃避」の仕方)は大きく異なることから、個々の患者にあった治療法を検討していく上では、免疫及びゲノム解析を融合して腫瘍の中身を詳細に解明することが有効な方法となりうる。

 また、それを実現するためには、検体を適切に保存した状態で短時間のうちに輸送できるような仕組み作りも重要となる。

 個々の演目については下記の通りです。一部演者からは、資料も提供いただきましたので併せご参照ください。

《Part1》『がん免疫療法の歩み』

【講演1】「珠玖洋先生を偲んで」(上田龍三氏)【資料

【講演2】「免疫制御の新戦略」(奥村康氏)【資料

【講演3】「がん免疫療法の研究開発にかける思い:これまでのご指導の先に目指す未来」(玉田耕治氏)

【講演4】「がんと免疫の相互作用の理解と免疫療法の開発:歴史と未来」(河上裕氏)【資料

《Part2》『珠玖洋先生と歩んだがん免疫研究の歴史と将来展望』

【講演1】「腫瘍不均一性を克服するがん免疫療法の開発 ~珠玖洋先生と始めたがん免疫療法の未来地図~」(池田裕明氏)【資料

【講演2】「複合的がん免疫療法の開発~珠玖洋先生のVISIONとその将来展望~」(宮原慶裕氏)【資料

【講演3】「活性酸素が拓く生体防御機能」(鵜殿平一郎氏)

【講演4】「がん微小環境の免疫抑制克服による新規がん免疫療法の開発 ~珠玖先生から学んだmechanism-oriented TRの実践~」(西川博嘉氏)【資料

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