【概要】
第17回健康医療開発機構シンポジウム『デジタルメディシン―その現状と未来―』が2024年3月2日に開催されました。
最近は、AI(人工知能)の活用やデジタル化の新たな対応がニュースにならない日はありませんが、そうした状況を踏まえて、当シンポジウムは、ICT・デジタル技術を臨床や医療分野の研究に一段と活用する上での可能性や当面の課題について、多角的に考察できるプログラムとしました。
第Ⅰ部『デジタルメディシンの臨床開発と将来展望』では、①聴診のデジタル化を活用した「聴診DX」の取り組み、②食のもたらす健康効果の個人差についてのコホート研究(「江別モデル」)、そして③介護予防を目的とした実証実験に資するアプリ開発等について、それぞれ紹介いただきました。
また、第Ⅱ部『AIの医療への導入の将来性と課題』では、①治療薬の候補等を効率的に絞り込めるような機械学習アルゴリズムの開発研究、及び、②患者満足度や医療の質の向上、診断支援、遠隔・在宅医療の支援を行う「AIホスピタル事業」について、紹介いただきました。
そして、第Ⅲ部の総合討論では、会場参加者・視聴者からも質問やコメントをいただきながら、①データ蓄積やコホート研究における市民の参加、②薬事承認・医療機器承認のハードル、③世界の中での日本の強み・弱み等について、多面的に意見交換することができました。
当シンポジウムは、リアルの会場で講演等を実施しながら、その模様をオンライン(ZOOM Webinar)でも同時配信する「ハイブリッド形式」で行いました(注)が、あわせて100名を超す方々が来場・視聴し、最後まで熱心に参加してくださいました。
また、今回の内容については、AI・デジタル技術といったやや専門的な情報もありましたが、時宜を得たテーマであったこともあり、全体としては「興味深い内容をわかりやすく話してくれた」と、概ね好評を博しました。
(注)同時配信では音声・映像トラブルが発生し、オンラインで視聴された方々に大変ご迷惑をおかけしました。次回は円滑に進められるよう、一層入念に準備を重ねて参る所存です。
【第1部 デジタルメディシンの臨床開発と将来展望】
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講演1 小川 晋平氏 (AMI株式会社 代表取締役CEO)・佐藤銀河氏(AMI株式会社CEO室)「聴診DX/超聴診器プロジェクト」
聴診器は、生体音を耳で聴いて、医師個人が判断するしかなかったが、AMI(株)では、患者の胸に小型の機器をあてるだけで、心音(電気生理学)と心音(音響工学)の両方の情報を簡便に取得でき、データも可視化できる「超聴診器」の研究開発に取り組んでいる。
このように、聴診の世界にデジタル技術を活用することにより、心不全等が早期発見しやすくなるほか、遠隔医療においては情報伝達の課題も解決できるようになっている。また、循環器から透析領域にも市場が拡大したりするなど、「超聴診器」の活用ニーズは広がりつつある。
将来的には、家庭用の血圧計のように、いつでもどこでも誰でも利用できるような医療機器にしていくことを目指している。
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講演2 西平 順氏(北海道情報大学 学長)「デジタル情報を活用した精密健康栄養学への挑戦」【映像あり】※期間限定公開
江別市・札幌市では、一万人以上の住民ボランティアの協力を得ながら、多数の食品(栄養成分)の健康への影響にかかる臨床試験を行ってきている(「江別モデル」)。
一人ひとりの持つ多種多様なデータ(食生活を含む生活習慣、血液検査結果、遺伝子情報等)を活用して、個々人を10タイプに分けながら、クラスター解析を実施することで、タイプ別にみた効果的な栄養指導の可能性などを明らかにしてきた。
また、当該臨床試験のデータと既存の個人の医療情報(PHR)とを連携させているほか、対象とする地域を他の都府県にも広げながら、食事指導といった介入と健康状態との関係についての研究も行っている。
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講演3 島田 裕之先生(国立長寿医療研究センター研究所 老年学・社会科学研究センター予防老年学研究部 部長)「健康寿命延伸へ向けたデジタルヘルス」
薬物を使わないで行う認知症予防は、概ね、生活習慣病予防と似た項目(運動習慣、禁煙、良い食生活、大量飲酒の防止等)が重要であるとされているが、これをいかに社会的に普及させていくかが課題となっている。また、どのような予防策を講じれば認知症発症を遅延させられるかについての科学的エビデンスは、まだ一つも確立されていない。
こうした中、認知症発症を減らすための介入の効果を測定すべく、大規模な実証実験を行っている。大勢の高齢者に参加してもらう必要があることから、スマートフォンを使って、健康体操や食事のカロリー計算等、色々なことが簡便に行えるような仕掛けを取り入れている(「オンライン通いの場アプリ」)。また、治験の参加継続率やスマートフォンの利用率が低下しないように、リアルで参加者が集まってウォーキングをするといった機会を設けるとともに、ユーザー・インターフェース(UI)の改善を積極的に行ったり、参加する高齢者を地域で支援するデジタルヘルス推進員を養成したりもしている。
このように、高齢者を対象としたデジタルヘルスサービスは、健康寿命の延伸に寄与することが期待されるが、そのためには、エビデンスの創出と社会実装に向けた取り組みとを同時に行っていく必要がある。
【第2部 AIの医療への導入の将来性と課題】
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講演1 山西 芳裕氏 (名古屋大学大学院情報学研究科 複雑系科学専攻 生命情報論講座 教授)「人工知能が拓く創薬と医療」
当研究グループでは、疾患に関する多種多様なビッグデータ(マルチオミクス情報(注)、臨床情報、化合物の化学構造情報等)を融合解析しながら、どのタンパク質がどの疾患の治療標的となりうるかについて、機械学習で効率的に絞り込めるようなアルゴリズムの開発を行っている。治療標的の探索、医薬品候補のスクリーニングや医薬品分子の設計などへの応用が期待されている。
(注)多様な「オミクス」(DNA・RNA・たんぱく質・代謝産物など生体内の機能を担うさまざまな物質)に関する情報を指す。これらの情報を統合しながら行う解析を「マルチオミクス解析」という。
(1)治療標的探索の分野では、機会学習を使いながら、疾患の類似性を考慮することで、動物実験の回数も抑えながら、治療標的となりうるタンパク質の候補を絞り込むことができている。
(2)医薬品候補のスクリーニングの分野では、①新型コロナに効く医薬品を探す国際的なプロジェクト(JEDIプロジェクト)に参加し、候補となりうる化合物をシミュレーション予測し、それを実際の検証チームの作業に繋げていくことを行ったが、有効性の確認できた化合物のヒット数が5種類となるなど、好成績を収めた。また、②潜在的にがんの治療薬になりうるような効果を持つ薬物を網羅的に発見する研究や、③脊髄小脳失調症の治療薬探索においても、候補を効率的に絞り込むことができている。
(3)医薬品分子の設計の分野では、チャットGPTのように、新薬の化学構造を「生成」するようなAIの開発に取り組んでおり、薬効とともに、安全性や合成可能性も考慮した新しい分子の候補を、機会学習を活用しながら、コンピューター上で作っている。
講演2 笠原 群生氏(国立研究開発法人 国立成育医療研究センター 病院長)「国立成育医療研究センターにおけるAIホスピタル事業の実装」【映像あり】
当院では、ここ数年「AIホスピタル事業」(注)をすすめているが、この事業は、医療従事者が患者と向き合う時間を作り、温かい医療が提供できるようにするため、AIその他のデジタル技術を活用するものである。
(注)内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:Strategic Innovation Promotion Program)事業」の第二期(2018年~)に行われた「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」研究。
(1)患者満足度/医療の質向上の分野では、①カルテの音声入力、ワンクリック入力システムの開発、②小児・周産期医療のベンチマーク(QI:Quality Indicator)プログラムの開発、③アバターを活用した患者への事前説明システムの実装、④妊産婦の院内移動に適した電動車椅子の開発、④義手の必要な患者の筋肉の動きを短期間で学ぶ「AI義手」の開発、➄子どものこころの発達支援に役立つAIロボットの開発等を行っている。
また、(2)診断支援の分野では、①小児がんや希少・難病の診断補助システムの開発、②視線計測を用いた、自閉症スペクトラム症(ASD)診断補助システムの開発、③重症細菌感染症の細菌判別(グラム染色)支援システムの開発等を行っている。
そして、(3)遠隔・在宅医療支援の分野では、①医療ケア児の健康状態の判定支援ツールの開発、②妊婦健診や助産外来を可能とする遠隔健診システムの開発、③SONY社のテレプレゼンシステム「窓」を用いた、入院・通院患者と社会との絆づくりの支援等を行うなど、様々な分野で、AI/その他デジタル技術を積極的に活用している。
【第3部 総合討論】
司会 谷 憲三朗(NPO健康医療開発機構 副理事長)
上田 龍三(NPO健康医療開発機構 理事)
パネリスト 佐藤氏、西平氏、山西氏、笠原氏
(1)データ蓄積やコホート研究における市民の参加
医療DX、とくにコホート研究を進めていく上で欠かせないのは市民の参加や患者の協力等であるが、この点に関しては、①研究の必要性や意義について積極的に情報提供し、参加のインセンティブを高めていくことが非常に重要であること、②とくに医療経済面からみても有用となる点をもっと関係者が発信すべきであること、③市民と研究者とを繋いでくれるコーディネーターの存在が鍵となること、といった意見が聞かれた。
(2)薬事承認・医療機器承認のハードルの高さ
薬事承認・医療機器承認プロセスのハードルの高さについては、①承認プロセスは、SaMD(Software as a Medical Device; プログラム医療機器)のもつ特性に合わせて変化してはきているが、もっと迅速な対応が望まれること、②開発側としては、医療機器としての承認を得ていくとともに、さらに市場の広い健康アプリとしての活用も視野に入れることが適当で、それによって医療経済の面でもメリットが出てくる可能性があること、③アルゴリズムを使った機器だけでなく、今後は、生成AIを活用した医療機器についても、安全を担保しながら承認していく必要が出てくること、といった指摘があった。
また、これらに関連して、①世界的にみると、毒性試験にかかる動物実験に代えてin silico(イン・シリコ;コンピューターの中で薬をつくる創薬手法)が一部認められるなど、デジタル技術を用いることで薬事承認プロセスを迅速化していける可能性がある、②うつ病などのメンタルヘルス分野は、SaMDやAIを使っていくこととの親和性が高い、といった意見も聞かれた。
(3)世界の医療DXの中での日本の強み・弱み
世界の中での日本の強みとしては、デジタル・メディスンに限ったことではないが、真面目な国民性や慎重に物事を進める姿勢というものがあるが、それが同時に日本の弱みともなっている、との指摘がいくつかあった。
例えば、①(先述の)薬事承認の要件が厳しいことは、製品化されたときには良い商品が市場に出ていくという点で強みとなる一方、積極的な海外展開を含めて、機動性に欠けるという弱みも有していること、②肺線維症のマルチオミクス解析をしようとする際に、日本の病院が提供するデータはかなり整っていて解析しやすくなっているが、創薬に至るスピード感のところでは海外に見劣りすること、といった発言がみられた。
総合討論全体を通しては、医療DXを国家プロジェクトとして成就させる必要があるはずだが、①現実には、企業を巻き込んだ、大きな国家構想として進められていない、②大規模でかつ継続的な予算がきちんと確保されていない、③そうした中にあって、現場のたゆまぬ努力で、なんとか研究や社会実装を進めている、といったように、医療DXを巡る日本の厳しい現状についての発言が目立った。
また、④健常者・患者双方のデータを含む、本当の意味でのビッグデータは日本では出来ておらず、早く構築する必要がある、➄積極的な対応によってオールジャパンで医療DXを急いで進めないと世界で戦えない、といった強い懸念も聞かれた。
以 上