第1回「細胞ってなに?細胞医療ってなに?再生医療ってなに?」報告
私たちNPOの活動の基幹は、TR(トランスレーショナル・リサーチ)です。先端的な研究が、人々の治療や健康的な生活に役立つような橋渡しをする活動をこれまでにも紹介してきました。今年は、細胞医療の研究開発、臨床展開に焦点をあて、シリーズ『細胞医療の時代2018』とし、7回のセミナーを実施していきます。その第1回目は、2018年1月31日、80名を超える方々を迎え、 「細胞ってなに?細胞医療ってなに?再生医療ってなに?」と題し、東京大学医科学研究所講堂で開催、現在多くの注目を集めていらっしゃるお二人の先生にお話しいただきました。
開催後のアンケートには、「最先端の研究がわかりやすく理解できた」、「技術の進歩によって困難な病気が克服され、多くの人が苦しみから解放されるのではと期待される」というご感想や、高校生の「研究には、いろいろな分野の知識が大事だと思った」という意見も寄せられた一方、「専門性が高く、難解だった」、また「一つの講演が長すぎる」というご指摘もあり、これを受けて、2回目以降時間管理を心がけ、予定時間内に収まるよう改善していくことになりました。
立体構造にもとづくCRISPR-Cas9
ゲノム編集ツールの開発と医療への応用
東京大学理学部生物化学科
濡木 理先生
【講演要旨】
・ 人工的にゲノムDNAに変異を引き起こすことをゲノム編集という。ゲノム編集にはいくつかの方法があるが、特にそれらの中で、CRISPR(クリスパー、Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)-Cas9が大変注目されており、血友病を含む遺伝病、悪性腫瘍等の治療に使えるようにするための研究が世界中で活発に進められている。
・ CRISPR-Cas9は、人工的に作った複合分子であるが、①切りたい場所の探索役(sgRNA)と、②実際にDNAを切るハサミ(Cas9)タンパク質とでできている。
・ SpCas9-sgRNA-DNAという複合体(結晶構造)を作ることで、電子顕微鏡でCas9がDNAを切断する仕組みなどが見えるようになった。
・ ただ、SpCas9は①分子量が大きくて、そのままでは細胞内に入れられないほか、②塩基配列を探索する際の目印となるPAM配列については、限られたパターンしか認識できない。こうしたことから、医療に応用できるように、SaCas9やCjCas9を開発したり、SpCas9を変異させたりするなど、様々な改良研究がなされている。
・ 演者も創薬ベンチャーを設立しながら、①分子量が小さく、②PAM配列をより柔軟に認識し、そして③Off target(ゲノムDNAの目的としない箇所を切ってしまうこと)のないスーパーCas9を開発している。
(参考)CRISPR-Cas9を使ったゲノム編集の大まかな仕組み
(1)ゲノム編集ツール(①変異を起こしたいDNA上の特徴的な塩基の配列(標的部位)を探索する役割の人工的なタンパク質と、②ハサミとなる人工ヌクレチアーゼ(ゲノムDNAを切断する酵素)の組み合わさったもの)を作っておく。
(2)これを細胞の中に送り込むと、探索役のタンパク質が、PAM配列(典型的には、3つの塩基の配列が「N(AGCTの4つの塩基のうちいずれか)+G+G」という並びになっている箇所)のすぐそばにある標的部位を探し出して、そこでDNAと結合する。
(3)探索役にくっついていたハサミが、DNAを切断する。
(4)切断後は、DNAの自然の修復機能を活用してDNAを再生させる。
(5)その際には、①切断したところをそのまま再生させる(NHEJ)中で、一部塩基配列が欠損した状態(ノックアウト)の遺伝子を作ったり、②鋳型となるDNA(HDR)を利用しながら、修復する箇所に新たな塩基配列(結果的に遺伝子修復を可能とする遺伝子配列)が挿入された状態(ノックイン)の遺伝子を作ったりできる。
(6)なお、探索役とハサミのセットを同時に複数使うことにより、ある遺伝子の色々な箇所を一度に変異を引き起こすことができる。
(文責:NPO法人健康医療開発機構)
バイオマテリアル技術からみた再生医療
―細胞能力を高め自然治癒力を促す医療―
京都大学ウィルス・再生医科学研究所 再生組織構築研究部門 生体材料分野
教授 田畑 泰彦先生
【講演要旨】 【講演要旨はこちら】
・ 再生医療=細胞移植のイメージが強いが、再生医療の定義は極めて広範で、本来からだに備わっている自己の自然治癒力を高めて病気を治すものであり、からだの負担が少ない理想的な治療といえよう。主として患者さんを治療する「再生治療」と細胞のもつ修復能力を研究する「再生研究」に分かれる。
・ 自然治癒力の源泉は、自己細胞の増幅・増殖と分化能力(細胞が成熟して特定の機能を保持するようになること)であり、「再生治療」実現のためには、細胞を活性化する「細胞機能研究」が不可欠となる。
・ 再生治療効果を向上させる鍵は、「生体材料(バイオマテリアル)学」であろう。人工血管、人工臓器などはからだの中でうまく融合することのみが求められていたことに対し、体内環境に近い性質の材料研究が、ますます必要となってきた。細胞に触れて使うものはいわゆるバイオマテリアルとよばれ、からだの中の細胞に活力を与えることができる。製品化して、初めて患者さんに届けることが可能となった。
・ 生体は細胞とその周辺環境からなるが、家や食べ物がなければ人が元気でいられないように、細胞にとっても家と食べ物(栄養)は必須である。
細胞の家/タンパク質や多糖から構成される3次元細胞外マトリックス
3次元スポンジを形成した高分子材料など
食べ物/細胞増殖因子・分化因子などのタンパク質
ドラッグ*デリバリーシステム(DDS)技術の活用により、必要な局所に届ける。
(*ドラッグは治療薬のみならず、生物を活性化する物質の総称)
細胞周辺の環境条件が整っていなければ、自然治癒力は発揮できない。
・ 分解吸収性のゼラチンヒドロゲル利用により、細胞増殖因子タンパク質を徐々に放出し(徐放)、血管、骨、軟骨などの生体組織の再生治療が実現している。足の骨の欠損部の治療では、骨の再生修復が確認され、歯周組織の骨の再生にも効果が確認された。
・ 「再生研究」の二つの分野における材料研究。
①細胞研究/細胞の増殖・分化メカニズムを追求。
細胞が生存するためには、材料との相互作用が必要。材料表面の特性(親水性、疎水性、電荷など)に加え、細胞が接着できる面積によっても、細胞分化能に変化(例:面積大→細胞は伸展し、骨細胞に。面積小→丸形で、脂肪細胞に)が発生する。
②創薬研究/細胞を利用した薬(細胞の食べ物)の毒性や活性を調べる研究。
ヒトの肝細胞、心筋細胞、神経細胞を用いた薬の毒性、代謝の評価に用いる細胞の作製における材料技術の導入。
・ ES,iPS細胞はじめとする分化能力の高い幹細胞も、特性を生かし、高める環境があってこそ、その細胞特有の能力が発揮される。細胞の基礎生物医学(再生医学)と材料科学とが、車の両輪としてさらに機能していくことが重要である。