第39回健康医療ネットワークセミナー 報告
 

五感に訴えかける空間デザイン 

―ユニバーサルデザインが拓くこれからの都市ビジョン―

鹿島建設(株)建築設計本部環境・性能グループ、一級建築士 博士(人間科学)
原 利明 氏

 9月14日、東京大学医科学研究所で行われたセミナーに、様々な分野から30名を超える方が参加されました。
「視覚中心に考えていたデザインに、音の環境を加味することの大切さに考えさせられた」「ユニバーサルデザイン・シティの新技術について、サイン計画、照明計画、音の環境など五感に訴えるデザインの役割がわかり、面白かった」「『みんな使いやすく』というコンセプトを培うには、たいへんな想像力を要することがわかった」「個人的には、東京五輪にはあまり肯定的ではなかったが、五輪を機会にもっとやさしい社会に変わるとよいと思う」「ユーザーの視点からデザインを考えるユーザーオリエンテッドの話は、興味深い」などの意見が寄せられました。多くの事例が紹介され、今後のユニバーサルデザインの可能性を示す、意義のあるセミナーとなりました。

【講演要旨】 

  1990年、鹿島建設に入社後、2004年に旧建設省の流れをくむ財団法人国土技術研究センターに出向しました。そこでは、国交省の各部署とリンクし、国からの調査業務を行っていました。私の仕事は、主にユニバーサルデザイン(UD)やバリアフリー施策に関する調査・研究が中心でした。民間企業にいる者として、国策にかかわる調査、地方自治体のガイドラインの作成など、非常に勉強になった2年間でした。

さて、皆さん、UDってどんなものかご存じですか?UDといえば、シャンプーとリンスのボトルが有名ですね。シャンプーのボトルの頂部とボディの両サイドには凹凸がついています。リンスの方にはついていません。これは、視覚障害者のために開発されたと言われることがありますが、違います。健常者が洗髪時でも区別できるように、ユーザーのニーズに花王さんが真摯に向き合い、同業他社とプロジェクトとして取り組んでルール化したものです。実際使うと、視覚障害者にも使いやすいことがわかりました。誰にとっても使いやすい商品として、UDを説明するときに引き合いに出されています。そして、パナソニックさんの『ななめドラム』洗濯機。白物家電でこれだけ売れた商品は珍しいそうです。当時のCMのフレーズは「みんな、使いやすい♪」。実は、水をできるだけ使わずに洗濯できるか突きつめたところ、洗濯槽を斜めにすると少ない水で効率よく洗えることがわかったそうです。洗濯槽を斜めにした時の使いやすさを分析・評価したところ、従来の縦型の洗濯槽に比べ使いやすさが向上し、消費者の評判を得たそうです。また、眼の瞬きなどで入力できる装置をPCにつなげば、手足を使わずとも入力ができます。このように身体の状況に応じてカスタマイズできるPCなどもUDを象徴するものですね。

このようにユニバーサルデザインとは、高齢者や障害者を対象としたものではありません。より多くの人が使えるように予め考えておくことが重要なんです。

『超高齢社会』に対応するUDシティ(ユニバーサル・デザイン・シティ)構想
  2020年東京オリンピック/パラリンピックに向けて、国はUDをひとつのレガシーにしたいと推進しています。1964年のオリンピック、この時のレガシーは何だったでしょうか。首都高速道路1号線、4号線、環状七号線、国道246号線、東海道新幹線など、その後の高度経済成長時代の日本の骨格を支える都市のインフラです。武道館や丹下健三さん設計の有名な代々木体育館。もう一つ、ユニットバスがあります。ホテルニューオータニの開業に際し、在来工法では間に合わないと開発されました。さらに、男性・女性用のトイレなどを示すピクトサイン、海外からのお客さんに対応するためにできたものです。パラリンピックがオリンピックと同時開催されたのは1964年が初めてで、これが日本のバリアフリーの夜明けと紹介されることもあります。


2012年ロンドンオリンピック会場は貧困地域の再開発を目的とし、さまざまなバリアフリー対策が施され、欧州最大規模のショッピングモールもでき、ロンドンは今やパリをしのぐ世界一の観光都市となりました。2020年の東京オリンピック・パラリンピックのアクセシビリティに関する整備基準はこのロンドン大会がベースになっています。UDの観点から2020年のレガシーを考えるなら、各国にさきがけて到来した超高齢社会(総人口に占める65歳以上の人口割合が7%超/高齢化社会、14%超/高齢社会、21%超えると超高齢社会とWHOで定義。日本は今年の9月の推計値で27.7%)において、誰もが最先端の技術を享受できる成熟した都市ビジョンとして、UDシティを世界に発信していくべきと考えています。


UDシティに求められるキーワードは、安全・安心、五感によるわかりやすさ、使いやすさと考えています。
 

まずは、誰もが、安全、安心に暮らせる街についてお話ししましょう。例えば火災時の避難をシミュレーションする場合、車いす、視覚障害、聴覚障害、歩行が早い/遅いなど様々な身体能力・状況の人がいることを念頭に置く必要があります。「人・熱・煙連成避難シミュレーター」は、このような様々な身体能力・状況の人も含め検討することができます。
 

また、現在主流の鋼製防火シャッターの場合、くぐり戸では、車いすやストレッチャーなどの通行は困難です。そこで、微細な水粒子の幕によって防火区画を形成するウォータースクリーンは、扉の開閉やくぐり戸の段差などがないため、車いす利用者をはじめ一度に多くの人が避難でき、消防隊の救助活動も容易です。防火シャッターの設置が困難なカーブなどの複雑な断面形状の区画でも設置でき、デザインの自由度も向上します。


弊社が西葛西・井上眼科病院で開発を行った手すりは、夜間は常夜灯として利用でき、火災時など火災報知器が発報すると、手すり下のLEDが点滅し避難方向を誘導します。夜間はスタッフが減り、目の不自由な患者さんに対応するにも限界があり、自分で動ける患者さんにはそれを頼りにできるだけ自力で避難してもらうために設置しました。この手すりは、メーカーさんと共同開発して、製品化しました。
 

建物内の不慮の事故による死亡者は年間13,000人を超え、年間約7,500人という交通事故死の2倍ほどと深刻な問題です。なかでも、エスカレータ事故による出動要請は東京消防庁管内だけで、年間1,100件にのぼり、このような状況の中で日常事故を防ぐデザインも重要となってきています。


高齢者来店の割合が多い上野東天紅さんでは、進入方向を誘導するように工夫したエスカレータ、階段の段をわかりやすくするフットライトの設置など、日常事故防止に配慮したデザインとしています。

今こそ必要な五感に訴えるデザイン
  五感に訴える環境デザインによって街づくりに貢献することは、私のテーマです。『触楽入門』(仲谷正史他著、朝日出版社)という本が最近出版されました。その中には、視覚や聴覚に比べふだんは意識されにくい触覚について書かれています。「高度情報化社会になった今だからこそ、人間の五感を見直すべきでしょう。」と中谷氏。
 

空間認知は、視覚情報が8-9割と言われていますが、知人の全盲の女性は、においでコンビニの種類がわかるそうです。丸の内線と銀座線ではにおいも変わるそうです。私たちも無意識にコーヒーショップや蕎麦屋など店舗固有の匂いを感じていないでしょうか?また、駅の階段でのハイヒールの音などを私たちも無意識的に階段の位置を知る手掛かりにしているはずです。これまでは、視覚情報を中心にデザインされてきましたが、複数の感覚器に訴えかけるような街をデザインしていけば、さまざまな人たちが使いやすいUDシティが実現できると考えています。


ある病院では、エレベータを降りて北側の診察エリアには人工照明、南側の検査室エリアには太陽光が降り注ぐように設計された光庭を配置しています。人工照明と太陽光では照度に桁が違うほどの大きな差があります。また、東西にはそれぞれに3層吹き抜けがあり、東側の吹き抜けはガラスがはまっていて静かなエリアです。一方で、西側の吹き抜けは、ガラスはなく、エスカレータの駆動音や上下階の喧騒が聞こえるエリアとなっています。このようにエレベータを降りて、右、左ではわかりにくいこともありますが、光や音を頼りに行き来できるように工夫されています。
明るさには、照度の他に輝度という評価基準もあり、輝度を設計段階から導入して、空間の視認性を高める施設も出てきています。
 

さて、足音の反響は、天井の形状でも異なるものです。フラット天井、ドーム天井では、音の響き方が異なります。音を使って空間を認知させる工夫を行った施設も出てきています。先ほどの西葛西・井上眼科病院は、吹き抜け、天井の高さ、天井材、床材、壁の材質などを使いわけ、目の不自由な患者さんにも、空間の大小や誘導方向をわかりやすく認知できる設計上の工夫を行っています。トイレの入り口には、ストレスなく利用してもらうためにわかりやすい男女のピクトサインを考案し、またそれを触っても識別できるように工夫しています。更に男女を区別する音サインを流しています。視覚、触覚、聴覚の複数の感覚器に働きかけるトイレのサインとなっています。
 

私が所属する設計本部が入っている鹿島KIビルは、4層吹き抜けのアトリウムがあり、一番下の階に噴水があります。癒しのためというより、実際は音のマスキング効果を狙い、下の階の打ち合わせの声を水の音でかき消すように制御しています。これも場所を知る音サインともなり得ます。

◆つるつるとざらざら、足裏の感覚 

  神奈川工科大学の福祉工学の先生から、全盲の学生さんがいるので、誘導ブロック以外の方法で誘導してほしいという依頼があり、床材の違いで導く手法を提案しました。1階エントランスホールでは、安心して歩行できるエリアを御影石のザラザラとしたバーナー仕上げ都市、かたや注意を要する所はツルツルとした磨き仕上げにしました。ざらざらしている所を歩いていれば安心です。2階以上は、安心して歩ける所はタイルカーペット、壁際はゴムタイル、視覚的には明暗のコントラストをつけました。
人間の足の裏はどのくらいのことを識別できるのか、早稲田大学と共同研究したところ、御影石のミガキとバーナー仕上げは、誘導ブロックなどと統計的に同等に識別でき、また石とカーペットの違いも十分わかるとの結果を得ています。


温熱環境も欠かせないデザイン要素です。中野駅北口の旧警察大学跡地にできた中野セントラルパーク。キリンホールディングスが入るオフィスビルや明治大学、帝京平成大学などに囲まれています。鹿島環境シミュレーションによって、風を妨げるための樹木の配置を検討し、夏は涼しい木陰、冬は暖かな木漏れ日をつくり、人が集まりやすい温熱環境を考慮した空間を実現しました。


慶應義塾大学日吉キャンパス独立館には、6層吹き抜けのアトリウム、5階に2層吹き抜けの中庭があり、これによって、音や光の環境の変化を感じとることができるように考えられています。また、風の流れは皮膚感覚に訴え、人間の五感に働きかける建築計画になっています。壁と天井の境目に照明を配し、空間の輪郭を浮かび上がらせ、更に床と壁のコントラストを確保することで、よりわかりやすい空間となっています。教室の扉の戸当たり側の横には30cmのガラススリットを切り、近づいてくる人との衝突防止の他、管理者側としては教室の使用状況が確認できます。更に、このガラスすりっどの戸当たりと逆側に点字と浮き出し文字で構成された教室サインを設置し、そのサインの下の床には素材感を変えた床材を敷設しています。視覚障害の学生さんや職員の方が、壁伝いに歩いてくると、床の素材が異なる場所で教室の番号を確認できる仕組みとなっています。

◆茶室に求める原点/ユーザーオリエンテッド・デザイン
  ユニバーサルデザイン(UD)を、ユーザーオリエンテッド・ザインと読みかえていってはどうでしょうか。これまでのものづくりは、シーズ先行でした。これからは、ニーズからつくる。超高齢社会に対応するキーワードになると思います。安心・安全、五感、使いやすさをキーワードにして優れた都市基盤をつくり、IT、AIをとりいれ、日本得意の技術とリンクして互いに重ねあわせることで、UDシティをつくりあげていくことができると思っています。

 

ユーザーのニーズを把握するために、様々な手法を試みています。分散していた人工透析の診療施設を統合したケースでは、病院での患者さんの動きを観察し、患者さんの行動を分析しました。その結果、体重計の配置場所が重要になることがわかり、体重計の配置の仕方をシミュレーションし、設計に結び付けました。横浜市戸塚区役所は窓口業務と劇場が入る複合施設で、劇場での車いすの席数や配置、またサイン計画など実際使う人の意見をくみ取り、多くの人に検証してもらい、設計に反映させました。群馬県の精神病院では、入所者450人、スタッフ150人にアンケート調査を行い、既存病院の使いにくさ、新病院への希望など詳細な項目について調査し、その結果をもとに設計しました。このようにプロジェクトの性質に合わせ手法を使いわけています。
 

これまで建築空間をつくる側の経験から設計することが多かったものが、最近では、エンドユーザーのニーズを映す空間づくりにシフトしてきていると感じています。


私は、茶室の空間こそ、UDの精神の神髄と思っています。茶会の亭主は、さまざまなしつらえを用意して、お客様を迎えます。入口に置いた蹲で手を洗えばその音で来客の気配がわかります。庭を愛で、茶室の掛け軸、花、茶器を堪能してもらい、茶会によってはお香を焚くこともあり、宴がすすめば、窓にかかる覆いを上げ、光を入れます。客人は、これらの設えの意味を読み解いていきます。亭主は設計者、客人は利用者として、それぞれ呼応する関係が茶室には凝縮されています。


つくり手は単なる建築空間としてではなく空間を構成するデザインの中に空間を利用しやすくする情報を織り込み、デザイン性の高い空間をまとめ上げる。つかい手はそれを読みとくのです。そうしていけば、日本から発信していくユニバーサルデザインができると確信しています。
 

本日の内容の一部を弊社「ユニバーサルデザイン」ホームページにて、公開しております。ぜひ、ご覧ください。
https://www.kajima.co.jp/tech/universal_design/ud_city/index.html

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