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第18回健康医療開発機構シンポジウム 報告

「ワクチンを科学する」

【概要】
 第18回健康医療開発機構シンポジウム『ワクチンを科学する』が2025年3月1日に開催されました。


 当シンポジウムは、ワクチンの概要を講師に紹介いただくとともに、ワクチンが市民に正しく受け入れられるための方策について、共に考えていけるようなプログラムとしました。

 講演では、①代表的なワクチンの仕組みや特徴、②新型コロナの際に多用されたmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンの仕組みや今後の課題、そして③ワクチンの有効性・安全性・経済性の評価等について、それぞれ紹介いただきました。


 また、総合討論では、会場参加者からも質問やコメントをいただきながら、ワクチンが正しく受容される上で鍵となる、①科学者の役割、②政策担当者の責任、③市民の責務等について、多面的に意見交換することができました。

 当シンポジウムは、数年振りに、会場参加のみ(オンライン配信を実施しない形)で開催しましたが、40名近い方々が来場されました。また、そのうち半数以上の方には懇親会にも参加いただくことが出来て、意見交換や親睦を深めることが出来ました。 


 なお、今回の内容については、かなり専門的・技術的な情報もありましたが、時宜を得たテーマであったこともあり、全体としては「興味深い内容をわかりやすく話してくれた」と、好評を博しました。

(参考)ワクチンとは
ワクチンを接種することで、対象とする病原体への免疫をつけ、本当の病気にかかりにくくしたり、重症化を予防したりすることが期待されます。
ワクチンの種類は多様です。原料や製造方法の組み合わせ等によって様々な分類の仕方がありますが、大別すれば、①感染症の病原体そのものを利用するもの(生ワクチン、不活化ワクチン)と、②それ以外――病原体を構成する物質(抗原・タンパク質や、その遺伝情報)を人工的に抽出・合成したもの――とに分けることができます。

表.jpg

(当機構作成、参考資料:厚労省・新型コロナ・ワクチンQ&A等)

【基調講演】 山口照英氏 (金沢工業大学・加齢工学先端技術研究所・所長)「感染症とワクチン~作用機序・開発の歴史・政策対応から新規ワクチンについて~」【資料】 

・人の体には、病原体(「抗原」)が侵入すると、免疫細胞(マクロファージ、T細胞、B細胞など)が様々なかたちで活性化するとともに、細胞間に相互応答を通じて、病原体に対する防御機能が働く、という仕組み(「免疫応答性」)が備わっている。


・そうした免疫応答性には、①抗体産性B細胞が、抗原に対抗する「抗体」を作ることで、感染や重症化を予防する「液性免疫」と、②細胞傷害性T細胞(CTL)が、感染した細胞を除去する「細胞性免疫」との2種類がある。


・ワクチンを投与することで、①抗体を作ること(液性免疫)はもちろん重要であるが、これに加えて、②ウイルスが感染した細胞を除去する細胞性免疫が積極的に働くようにすることも重要となる。


・どのような種類・製法のワクチンを使うかは、対象となる病原体(感染症)や対象者によって異なるし、どのワクチンの方が絶対に優れているとは必ずしも言えない。また、相当数の治験等を実施したとしても、稀に起こるような副反応の発生頻度とか、その作用プロセスについては、科学的に評価することは難しい。


(a)「生ワクチン」は、実際のウイルス感染と同じようなプロセスで、体内の免疫反応を誘発する(①液性免疫・②細胞性免疫の両方が働く)ことから、免疫が長期的に持続するといった利点がある。一方、まれにワクチン株が野生復帰(弱毒化した株が変異して、本来の強い病原体に戻ること)したり、免疫弱者によってはワクチン株による野生株に似た病状が惹き起こされたりして、重篤化してしまうリスクなどもあるので、例えば妊婦には投与できないといった問題がある。


(b)「不活化ワクチン」は、生ワクチンより安全性は高い。また、「不活化ワクチン」のうち帯状疱疹ワクチンについては、強力な「アジュバント」(次項(c)参照)によって、発症予防効果も高い。
 一方、免疫力を付けるためには数回の投与が必要となったりするほか、注射したところに強い痛みが出るなどの副反応があったりもする。

 

(c)「精製抗原ワクチン」は、人工的に抽出したりした特定の抗原のみを精製していくので、ウイルス全体を製造するよりも、容易に製造できるといった利点がある。一方、免疫力がさほど上がらない場合があるなど、十分な有効性を担保する上での課題がある場合がある。
 なお、ワクチンが、体内の免疫力をどの程度引き出せるかは、添加する「アジュバント」と呼ばれる物質によっても大きく異なってくることがある。ただ、アジュバントは、逆に強い副反応をもたらすこともあるので、アジュバントの研究が大変重要となる(注)。
(注)例えば、注射をしないで済む「点鼻型」のインフルエンザ・生ワクチンが、6~12歳を対象に最近国内でも承認された。アジュバント入りの点鼻型ワクチンも開発されていたが、まれに顔面神経痛や腸重積の発症を招くことがあった。こうしたことが、十分な有効性と安全性を担保するような、インフルエンザ生ワクチンの開発につながっている。

 

(d)「組み換えウイルス・ワクチン」は、抗原を直接投与するのではなく、実際のウイルス感染と類似したメカニズムによって体内で抗原を作るようにするものであることから、(1)有効性の点では、生ワクチンと同様、①液性免疫・②細胞性免疫の両方が働くものが多く、(2)安全性の点でも一般的には高い。しかし、生ワクチン・不活化ワクチンほどの経験値がないことから、利用のハードルが高いところがある。製造方法としては、遺伝子治療製品と同じように、①宿主ウイルスの遺伝子の配列の一部に、目的とするウイルスの抗原を挿入したあと、②これを培養細胞に感染させて大量生産している。
 

(e)メッセンジャーRNA(mRNA)を用いた「mRNAワクチン」は、組換えウイルス・ワクチンと類似したメカニズムで、目的とするウイルス等の抗原遺伝子を体内で作らせるようにして、病原体への免疫力をつける(「免疫誘導」)ものである。新型コロナ・ワクチンとして最も多く投与された。最近では、RSV(呼吸器合胞体ウイルス)に対するmRNAワクチンも承認されており、いずれも感染予防・重症化予防効果の高いワクチンとなっている。
 これを作る際には、病原体のスパイク・タンパク質などを作る遺伝情報を持ったmRNAを試験管内(in vitro)で合成する(「インビトロ転写ワクチン」の一種)。
 最近話題になっている「自己増殖型mRNAワクチン」は、mRNAの配列自体に自己複製する酵素を挿入した技術で、体内でmRNAが増えることから、少量の投与でも長期的な効果をもたらすことが出来る。なお、mRNAが何らかの方法により他者に伝播するということは考えにくい。

 

・季節インフルエンザ・ワクチンの国内製造プロセスでは、次に流行しそうだとしてWHOが推奨したウイルス株等をベースに、非常にタイトなスケジュールの中で、鶏卵を使いながら半年間かけて製造している。
 

・新型インフルエンザ流行の際には、パンデミックになると従来の鶏卵を用いた製造方法では間に合わないことが危惧された。このため、厚労省では、大型の培養タンクの中でウイルスを培養して約半年間で全国民分のワクチン製造が出来るような設備の構築とその承認の取得を支援した(2010年事業)が、これらの設備は、新型コロナの際にも活用された。


 

【講演1】 城内 直氏(第一三共株式会社 研究開発本部 研究統括部 ワクチン研究所 第一グループ長)「新規LNP-mRNAワクチンプラットフォーム技術による国産ワクチンイノベーション」【資料


・ワクチンは、病原体(毒素)そのものを用いたものから始まったが、近年では、より安全性や薬効を高めたものとして、遺伝子組換技術を用いた「組み換えタンパク・ワクチン」等が開発されてきた。そして、新型コロナ・パンデミックでは、各社で研究途上にあった「mRNAワクチン」が丁度よいタイミングで実用化され、これによって多くの患者や死亡者を減らすことが出来た。
 

・mRNAワクチンは、①組み換えタンパク・ワクチン等よりも、そもそも短期間で製造できるほか、②コロナのようにウイルスが変異しやすい疾患において変異株に対応したものを作りやすい、そして③元々のウイルスに対する抗体に最も近いものが体内で作られる、というメリットがあった。一方、副反応の起こるメカニズム(作用機序)については、まだよく分かっていないほか、価格がまだ高いという課題もある。
 

・なお、mRNAの医薬技術は、ニコチン中毒やアレルギー(花粉症)といった感染症以外の疾患等にも応用できることが期待されている。
 

・mRNA医薬技術の研究対象は、①RNA(特定の細胞・臓器に到達しやすくなるようなRNAの構造の研究)と、②DDS(薬物を細胞内に運ぶためのシステム――材料(脂質等)や仕組み――の研究)の二つに大別されるが、薬剤開発においては、両者の研究が総合的に協働することが重要となる。
 

・以下は、やや技術的な話になるが、LNP-mRNAワクチンの仕組み等について解説する。
 

-①「LNP-mRNAワクチン」とは、LNP(lipid nanoparticle:脂質ナノ粒子)で、mRNAを包んで、ヒトの細胞内に取り込めるようにしたワクチンである。
 

②LNPとは、直径10nmから1000nm程度のナノ粒子で、主に4種類の脂質等から成る。各社では、特に「イオン化脂質(pH感受性脂質)」部分で独自の工夫を凝らしている。
 

③mRNAが体内に取り込まれる際には、概ね、以下のようなプロセスを辿っているものと考えられている。
 

(a)LNP-mRNAワクチンを筋肉注射すると、リンパ節内の白血球(マクロファージ、単球、樹状細胞(cDC))などが、LNPを異物として認識して貪食する。
 

(b)LNPを取り込んだ細胞膜(エンドソーム膜)が酸性化すると、LNPのイオン化脂質が帯電して、エンドソーム膜とLNPとが融合する。
 

(c)これにより、LNPの中に包まれていたmRNAがLNPから離れ、体内に入っていく(→抗体を作るプロセスに移る)。
 

・当社(第一三共製薬㈱)が開発した「DS-5670(ダイチロナ筋注®)」というLNP-mRNAワクチンでは、①安全性、薬効や合成のしやすさなど、様々な観点から社内研究で選抜したイオン化脂質を活用している。また、②封入するmRNAの長さをかなり短くする(スパイク蛋白質全長ではなく、受容体結合領域(RBD)に絞る)ことで、物質的な安定性を高めている。そして、②と①とが相俟って、冷蔵保存(2~8℃)も可能となっている。また、有効期間を長くしたり、変異体にも対応しやすくしたりすることにも成功している。
 

・mRNAワクチン全体の課題としては、副反応・有害事象に関してのエビデンスが必ずしも十分とは言えないことから、これらを正確に収集し、開発に活かしていくことが挙げられる。また、mRNA創薬の鍵となる4つの要素――(a)新たな抗原、(b)薬効を高めるためのアジュバント、(c)体内に取り込むためのデリバリー法、(d)大量製造に適した生産技術――をバランスよく研究・開発していくことが重要となっている。
 

【講演2】池田俊也氏(国際医療福祉大学医学部・教授)「ワクチンの有効性・安全性・経済性の評価」 【資料
 

・ワクチンについて、定期接種化(ある疾病についてのワクチンを国民に広く定期的に接種すること)を政策的に決定し、実施されるまでには、下記①~➄のように、数多くのプロセスがある。
 

①開発(基礎研究から臨床試験まで、医薬品としての開発)
 

②薬事(医薬品として使ってよいかを承認するプロセス)
 

③検討(定期接種化すべきかについての多面的な検討、及び実施するための国・自治体における予算の手当)
 

④供給(薬剤メーカー等における生産、流通・販売等)
 

➄実施(国民への広報や、自治体で実際に接種するための準備等)
 

・上記「③検討」プロセスでは、下記(a)~(d)の通り、ワクチンの必要性、有用性や安全性などについて多面的に評価をしている。このように科学的な根拠に基づきながら、関係者が真摯に、そして慎重にチェックしているので、その点は国民としては安心してよい。
 

(a)疾病負荷(罹患者・死亡者数など、その疾病はどの程度深刻か)
 

(b)有効性(ワクチンはどの程度有効で、効果はいつまで持続するか)
 

(c)安全性(短期的な副反応(発熱等)や、長期的な悪影響はどうか)
 

(d)費用対効果(単純な費用の多寡ではなく、QALY(生活の質(QOL)も勘案した生存年数)も考慮した上で、どのような人に優先的にワクチンを打つのがよいのか)
 

・ただし、こうした検討においては、いずれも「限られた情報・時間の下で、政策判断をしないといけない」という限界はどうしてもある。
 例えば、「(a)疾病負荷」は、既存の医療データ(NDB(検査・治療・投薬等に関する医療保険データベース)のレセプト・データ)に基づいて分析することになるが、病名が正確でなかったり、同じ患者が複数の病院で診療を受けたりする(=疾病者数が、統計上は増えてしまう)という課題がある。
 「(b)有効性」あるいは「(c)安全性」についても、何年も経過をみた上で判断するわけにはいかず、ある程度、推計や仮定を置かざるを得ない。
 また、検証のための研究は、開発した企業自身が主に担わざるを得ないが、そうした場合、身びいきになる(「利益相反」)おそれもある。

 

・ワクチンの評価にかかる国際的なフレームワークとしては、米予防接種諮問委員会(ACIP)の採用する「推奨の根拠(Evidence to Recommendation (EtR))」の評価基準を参考にする場合が多い。EtRでは、科学的根拠の確実性だけでなく、利益とリスクのバランスや、社会においてその方法が受け容れられるか、公平か、実施可能か、といった視点も盛り込んで評価している。
 

・日本におけるワクチン評価のプロセスでも、概ねACIPのEtRを参照して検討をしている。ただ、米国の場合には、ACIPの判断結果とその根拠とが、一覧表の中にすべてまとまっており、分かりやすく整理されているのに対して、日本では、情報がすべて公開はされているとはいえ、情報が一か所にまとまっていないという課題がある。
 すなわち、日本では、①ワクチン評価に関する小委員会、②予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会、③予防接種・ワクチン分科会といったように、多層的な主体で検討されているが、それらで検討された議事録等は厚労省のホームページにバラバラに掲載されている。このため、部外者が検討の過程や理由付けをみていく上で大変不便な状況になっており、この点は改善の余地がある。

 

・なお、ワクチン評価に限ったものではないが、「医療の価値」を判断する上では多面的な指標がありうる。それを花びらのように図式化した「Value Flower」というものが提唱されている。
 ここには、QALYや純費用といった従来型の価値のほかに、治療法がありうることがもたらす希望とか、労働生産性からみた本人の経済的損失とか、家族への影響など、多面的な要素が取り上げられている。今後は、こうした幅広い視点を、ワクチン評価においても取り入れていくことも考えられる。

 

【総合討論】「ワクチンが正しく受容されるためにどうすればよいか」


司会 谷 憲三朗(NPO健康医療開発機構 副理事長)

パネリスト 山口氏、城内氏、池田氏
 

(1)科学者の役割
 

・ワクチン接種の後遺症や副反応などは、費用をかけて研究しているが、それらの研究成果については、一般の方には十分に紹介されていない。科学的データについては、ワクチンのリスクや課題も含めて、市民に分かりやすい言葉で伝えていくことが大切である。
 

(2)行政の責務


・子宮頸がん予防のためのヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種では、一部で重篤な健康被害が出たことが社会問題となって、日本ではその後長い期間に亘って定期接種率が著しく低くなってしまった(注)が、この点については、ワクチンを行うことのリスク(副反応がまれにあること)と、ワクチンによって得られる便益とを丁寧に説明することが必要であった。
 

 (注)数年前に、HPVワクチン接種の推奨が再開されているほか、過去に定期接種の対象年齢(小学校6年から高校1年相当)の間に接種を逃した人については、あらためて、HPVワクチンの接種の機会が提供されている(「キャッチアップ接種」)。


・行政のホームページには、ワクチン関連の情報が掲載されてはいるが、探しづらいし、必ずしも分かりやすい言葉で書かれているわけではない。HPVワクチンのキャッチアップ接種に関しては、パンフレットの作り方を含め、行政では力を入れてきていて、そこはかなり改善しているが、他のワクチン接種についても、こうした啓発の工夫を重ねていくことが必要となる。
 

・B型肝炎については、他の主要国と比べると、日本では定期接種の開始が遅かった(2016年)だけでなく、接種を受けやすい環境整備も十分ではなかった。例えば、米国では州によっては、B型肝炎ワクチンを接種していない児童は、原則として入学できないようにしていたりするが、ワクチン接種が進みやすくなるような社会環境を整えることも大事である。
 

・身近な医療関係者から説明されることで疑問が解消され、ワクチンの接種率が上がることがあるので、かかりつけ医や薬剤師など、さまざまなルートで市民に情報提供してもらうことも有用となる。
 

・ワクチンの安全性・有用性の検討や検証については、関係者は最善の努力を重ねてきている。しかし、まれに副反応が起きると、特にネットニュースではセンセーショナルな見出しで取り上げてしまうなど、現代は、特に若い人を中心に、本来知るべき情報にアクセスしづらい世の中になってしまっている。昔ながらのポスター啓発など、自然に情報が入っていくような仕組みが、意外に有用なのかもしれない。
 

・科学的エビデンスを、市民に広く情報提供していくことはもちろん重要であるが、情報の受け取り手がどのように考えるかについてまでコントロールできるわけではない。そうした中では、様々な意見を持つ人々が多面的に議論できる機会を提供していくことが重要となる。
 

(3)市民の責任
 

・市民側としても、ネット情報などを鵜呑みにせずに、様々な情報源に触れて、どれが信頼できるものであるのか、偏っていないか、自分自身で判断していくことが重要となる。
 

・臨床データなど様々な情報はオープンになっているので、疑問に思ったら、薬剤メーカーに問い合わせたりするなど、積極的に情報収集に努め、咀嚼していただきたい。
 

(4)その他
 

・日本では、ワクチンの定期接種は行政側(自治体)が責任を持つ一方、罹患後の治療は医療側で行っており、実施主体が分かれてしまっている。このため、ワクチンの研究開発や接種をしっかりやっていくことが医療全体にとって重要な投資となることが、一般の人にとって分かりにくい社会制度になっている。
 

以 上

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