2017年12月16日(土)、『あなたの医療・わたしの医療-納得できる医療を求めて』というテーマで、第11回シンポジウムが東京大学医科学研究所大講堂で開催されました。
人工知能(AI)は、最近は新聞などでは毎日のように載る用語となりましたが、今回はAIと健康・医療との関わり、そして個々の患者に最適な医療の選択の在り方といった、幅広い方に関心をもっていただけるテーマとなり、医療従事者、研究者、メディア、企業、一般の方々などを含め、120名を超える参加がありました。
シンポジウムでは、様々な観点から考えを深められるよう、幅広い分野からそれぞれの第一人者にご登壇いただきました。第1部では「AIと医療」というテーマに沿って、AI研究の歴史や現在の取組みの概要と医療分野での最先端の研究事例の紹介などがあり、第2部では「納得できる医療の選択」というテーマの下、個々の患者にとって最適な医療のあり方に関して、遺伝統計学、漢方、医師と患者のコミュニケーション、患者としての体験などに関する報告がなされました。
また、質疑応答の時間では、適正な医療へのアクセスや医療の質を実現するためには何が必要か、AIの人材育成のための方策、AI導入における最終判断の責任の所在、患者の立場から医師との対話の必要性などの観点からも意見が交換されました。
アンケートには、「各20分の講演では話が浅くなりがち。ひとつのテーマをもっと掘り下げてもよい」とのご指摘もありましたが、「平易でわかりやすいテーマ、構成、内容だった」「最新情報がコンパクトに解説され、また、AIを取り込んだ将来の医療の方向性も提示され、意義深い」「最後の総合討論まで、集中力を切らさず楽しく聴くことができた」「タイトルからはソフトな内容を想像した。演題がバラエティに富み、時間が短く感じた」「元がん患者の方が参加され、構成に厚みが出たと思う」「AIに対する理解が進み、日本における危機感と期待感をくみ取ることができた」など、今回のシンポジウムに対し多くの方から、共感が寄せられました。
<第一部 AIと医療>
【講演1】 「AI手術が実現できるスマート治療室 SCOT」 【講演資料はこちら】
村垣 善浩先生 (東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 教授)
・外科手術においては、外科医は自分の目でみて、自分の脳で判断して、自分の手で手術を行って
いるが、新時代の「精密誘導手術」では、外科医の「目」・「脳」・「手」のいずれについても、
デジタル技術が支援をしていくことを目指している。
・日本では産官学が連携して、スマート治療室『SCOT(Smart Cyber Operating Theater)』を開発してきている。
これは手術室の中の様々な医療機器を連携させているシステムで、医師は、術中の患者の状態を示す色々なデータについて、一つのモニターでリアルタイムでまとめて把握することができる。例えば、手術室の中でMRIを撮ることもでき、腫瘍が十分にとれたか、脳内出血がないか、といったことも術中に判断できる。また、さらに発展したシステム(『Hyper SCOT』)では、データベースからの情報をリアルタイムで活用して、過去の症例データと突き合わせながら、目の前の部位を切除することの予後(治癒率や後遺症)の予測などの判断もできる。
・このように『SCOT』は、通常の外科医が熟練した医師のレベルの手術を行えるようになる支援システムとして大変有効である。SCOTで世界の医療に貢献するとともに、発展・普及させ輸出産業にもしていきたい。
【講演2】 「人工知能分野の現状と理研AIPセンターの取り組み」【講演資料はこちら】
杉山 将先生 (理化学研究所 革新知能統合研究センター長)
・人工知能(AI)が、人のような学習能力を身につける(「機械学習」)方法には、主に(1)教師付き
(人が一つ
ひとつ答えを教え込むもの)、(2)教師なし(人は答えを教えずに、事前に定めた方式でAIが学習する
もの)、そして(3)強化学習(AIが答えを自分で予測したときに、その正否のフィードバックを人が行
うことで正答率を徐々に上げていくもの)の3種類がある。
・人工知能の歴史をみると、60年代、80年代にそれぞれブームがあり、その後に冬の時代があり、現在は「第三次
ブーム」が到来しているといえる。巨大IT企業が積極的に投資しているほか、国際会議も目白押しであるが、論文数などをみてもアメリカ一強の様相を呈しており、日本の存在感は非常に低い。
・理研の革新知能統合研究(AIP)センターでは、人工知能、ビッグデータ、IoT、サイバー・セキュリティの統合プロジェクト事業の研究開発拠点として活動しており、主に(1)次世代の基盤技術の研究、(2)応用研究、(3)社会的実装、(4)倫理・法的・社会的影響の分析と解決方法の研究、(5)人材育成の5つの分野に注力している。
【講演3】 「人々が中心となる新しいヘルスケア -PeOPLeの実現する価値-」
宮田 裕章先生(慶應義塾大学医学部 医療政策・管理学教室 教授)
・最近では、医療を巡る環境が劇的に変わりつつあり、世界ではもちろんのこと、日本国内でもICT
全般やAIを活用
した医療の可能性が急速に広がっている。
・例えば、病理の分野においては、日本病理学会が中心となり日本全国で連携して、オンライン上で
診断を相互にサポートし、AIを活用するプラットフォームが構築されている。日本医療開発研究機構(AMED)は、病理分野に
加え、放射線、内視鏡、眼科の画像診断分野が連携するプロジェクトを大型プロジェクトとして立ち上げ、“JEDI”(Japan Excellence of Diagnostics Imaging)という名称で進行している。
・そして、がんの再発管理については、ICTを使った“e-Reminder”(患者にメール等で連絡を入れることで、症状を確認したり、定期的な検査のタイミングを思い出してもらうシステム)により、新たな医薬品を開発することよりも安価な開発費用で、がんの生存率を改善したRCTの成果が米国癌治療学会議(ASCO)で最近発表された。これにより現在世界ではICTを活用した課題解決の提案が加速している。
・一方、介護認定においては、従来の「どの程度の介助を必要としているか」という見方ではなく、高度なIoTを使って本人の日常生活における運動能力を測定していくことで、より正確に認定することが可能となってきている。また、これを活用していくことで、要介護度が改善した際の社会的コストの節約分を介護施設に還元することも容易となってくることから、施設側のインセンティブも引き出すことができるようになる。
・さらに、体温などについては、本当は年齢や個々人によって差が大きいことから、「その人自身の標準体温を比べてどの程度体温が変動しているか」を検知して、個別に診断・助言をする技術もできている。また、医薬品・医療機器の世界においても、従来型の経口薬や注射ではなく、スマートフォンにインストールされたアプリの利用に保険償還を設定する事例が生まれている。個別データを活用した「アプリの創薬」については、今後多くの事例が生まれてくるであろう。
<第2部 納得できる医療の選択>
【講演1】「患者・家族と医療者をつなぐ新たなコミュニケーション法」【講演資料はこちら】
藤本 修平先生(京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 博士後期課程)
・治療方法などについて意思決定する方法(意思決定モデル)としては、 (1)医師が望ましいと思う
判断を患者に伝える「パターナリズム・モデル」(父権主義モデル、Paternalism model)、(2) 医師
等から得られた様々な情報に基づき患者自身が決める「インフォームド・ディシジョン・モデル」
(情報を得た意思決定モデル、Informed decision model)、そして、(3)医師と患者とが協力して決め
る「シェアード・ディシジョン・モデル」(共有意思決定モデル、Shared decision model(以下、SDM))の主に3つがある。最近はSDMへの注目が集まっており、論文数ではIDM関連よりも多くなっている。
・ただ、この3つはどれが優れているということはなくて、状況に応じて使い分けることが大事である。SDMは、複数の選択肢がある際に有効であると言われている。特に、患者側が知識も十分にないなかで不安であったり、自分だけでは治療の選択肢を決められなかったりする場合には、医師が選択肢を患者に投げっぱなしにするのではなく、患者の視点に立ってみて、一緒に決められるように医師が支援するSDMが有効となる場合がある。重要なのは、治療方法に関する希望を特定してしまう前に、患者が十分に提示された内容を理解しているか、吟味できているかを確認することである。
・患者にとって、SDMという方法があるということを知ることは、「医師と対話してもよい」ということ、すなわち「医師に色々聞いていい」「自分が決めていい(だからといって「自分が決めなくてはいけない」ということではない)」ということを理解することである
【講演2】 「個別化医療としての漢方の未来」 【講演資料はこちら】
渡辺 賢治先生(慶應義塾大学環境情報学部 医学部 兼担教授)
・漢方医療というものは、臨床研究のレベルでは「再現性を重視するサイエンス」であるが、実際の
臨床・診察にあたっては、徹底的に目の前の患者に寄り添って「個別化した医療を行うアート」であ
る。そうした漢方医療の真髄は、「(病気ではなく)人を診る」「逃げない」「あきらめない」そし
て「寄り添う」ことにある。
・漢方では、「病名」とは異なる「証」という考え方がある。例えば、「体力がある(=実証)」「体力がない(=虚証)」、「暑がり」「寒がり」といった患者自身の体力・体質部分や、「上腹部が張って苦しい」といった症状などを含めた「証」の判断基準は、必ずしも漢方医の間でも統一されておらず、標準化がなされていないのが実情ではあるが、漢方医は、目の前の患者の「証」をみて、どういった処方をすべきか判断している。
・世界保健機構(WHO)に対して永年にわたって働きかけてきた成果として、2018年のWHOの国際疾病分類(ICD-11 )からは、漢方が「伝統医学」として本格的に取り入れられることになった。
・西洋の薬の効果や安全性を測る方法としては、大勢の人を二つのグループに分けてそれぞれに本物の薬と偽薬とを投与することで効果等の差異をみる方法が一般的にあるが、「証」を加味して体質別などにグループを分けた上で、実際の臨床の場における投薬等の効果を評価する方法も認められてきている。
・ICT・AIは、伝統的に個別化医療を目指してきた漢方の世界においても使われ始めている。例えば、(1)患者自身の自覚症状や生活習慣などを入力してもらう「自動問診システム」を導入したり、(2)「虚証」「実証」の判定を高い確率で正確に判定できる解析システムを作ったりしている。また、(3)舌診(舌の色や状態から患者の状態を判断すること)をAI化することは中国ではかなり進んでいるが、これから共同研究を進めていきたい。
【講演3】 「遺伝統計学で迫る疾患病態解明とゲノム創薬」 【講演資料はこちら】
岡田 随象先生(大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学 教授)
・30億ものの配列のあるヒトゲノム(一人の人間の持つ全てのDNA)の解析費用は近年劇的に低下し
ており、2001年には一件100億円かかっていたのが、2017年には10万円にまでなっている。
また、解析内容も広がっており、今や遺伝性の病気や髪の毛の色から、その人がコーヒー好きかどう
かに至るまで1,000以上の形質がわかるようになっている。
・このようにゲノムの解析は大変容易になったが、疾患や創薬の研究分野においては、まだまだその結果をうまく活用できていないのが実情である。
・「遺伝統計解析」という分野では、人によって少しずつ異なる「遺伝情報」と、個人間で異なる「形質情報」とを、多層的(同一人物について多面的に分析すること)ないし横断的(多くの人のものを比較すること)に組み合わせて解析している。
・これにより、疾患研究の分野では、例えば、肥満というのは、摂食行動をコントロールする脳における「肥満感受性遺伝子」の病気であるということ、また人種によっても特質が異なることが明らかになってきている。あるいは、同じ人が統合失調症と関節リウマチの両方にかかることは少ないことは知られていたが、これもゲノムレベルの解析によってもそうした合併が起こりにくいことは確認できている。このように、ある病気になりやすい人は別の病気になりにくい特質を持つということはあるので、結局、「良いゲノム」「悪いゲノム」という分け方はないと考えた方がよい。
・一方、創薬の分野についてみると、これまでは新たな薬を研究・開発するには膨大な時間と費用とがかかっていたが、遺伝統計解析によりそうした創薬プロセスを効率化できる可能性がある。すなわち、ある「疾患」について「ゲノム」で何らかの共通した特質が発見できれば、(「疾患」自体から有効な「治療薬」を探るのではなく)そうした「ゲノム」を有する人にとって有効な「治療薬」を開発する、というアプローチが可能となると考えられる。
【講演4】 「わたしにとっての選択―がん患者としての経験から」 【講演資料はこちら】
竹本 治氏(元がん患者)
・闘病は「受験」みたいなものである。難病の患者は「受験生」であり、なんとか「受かりたい」
と思って毎日努力しているが、一方で「受かるだろうか」と不安を常に抱えている。良い先生に恵
まれることや、正しい勉強法を選ぶことが大事であることも、受験と共通する。家族の温かいサポ
ートも大事であるが、家族の心労が大変大きいところもよく似ている。
・患者であることを「公表」するかどうか――周囲には黙って闘病生活を続ける方が今でもいるが、一人で頑張るのは実にもったいない。自分自身は、公表することで大勢の方に支援をいただくことが出来て大変ありがたかった。
・「治療法」をどうするか――映画にもなったビリギャルが慶應大学に受かったからといって、「自分もきっと受かる」とは普通思わないが、こと闘病になるとそう信じたくなるのが人情である。でも、誰でもが受かるような「奇跡」はないのであって、自分で傾向と対策を立てて、地道に合格確率を上げていくしかない。悪質な情報も残念ながら氾濫しているので、冷静に情報を選択する必要がある。
・闘病と「社会人として普通に生きること」との折り合いをどうつけるか――ここの選択は本当に難しい。部活(仕事)なども続けながら受験勉強(治療)してなんとか合格できないか、と思いたくはなる。自分もいろいろ葛藤があったが、仕事の外での新たな仲間の出会いのお蔭で、自分自身の価値観を広げることも出来た。また、たまたま降りかかった「がんとの闘病」というピンチから、気がつけば自分の新しい仕事につながるご縁もいただけた。
・そして、「人事天命」――人は診断された日から突然患者となるが、実は、生まれたときから、いつかは死ぬ運命にある。われわれはついついそれを忘れがちだが、最後の選択は、実は選択肢がない。そして、闘病は受験と同様、自分ではどうにもならない結果になることはある。結局、「納得する医療」というのは、自分なりにやれることはやった、と思えるかどうかだと思う。後悔しないように、一所懸命「今・ここ」を生きていくことしか、我々には選択肢はないのかもしれない。